10/08/14 ’10北海道ツーリング1日目

2018年3月9日サイクリング

8/14(土)晴時々曇 新千歳空港・・・富川-振内-日高町 63km ルート図 ウェブアルバム (文:高森千穂)
 今年の北海道は日高・十勝地方。今まであまり行ったことのない地域だ。というのは、公共交通が発達していない地域、及び、国鉄からJRへ転換する際に、鉄路が廃止された地域だからである。
 朝の5時に家を出発し、7時40分羽田発のAIRDOで千歳へ向かう。飛行機が満席ではなかったのは、お盆の後半だからだろうか。
 AIRDOは、ANAやJALに比べ、かなり安い。飛行機代を節約した分、今日はタクシーで距離を稼ぐことにした。出発地を千歳ではなく、富川とし、千歳空港からタクシーで高速道路(無料)を使って移動した。運転手は気さくな若者で、「自転車旅行なんていいですねぇ」「たのしい旅を」など、いろいろ話しかけてくれた。
 50キロほどの道のり(自転車だったら、今日一日、つぶれてしまうところだった)を、ものの一時間でタクシーは走ってしまった。降りたのは、IC出口のすぐ先にあったローソン。今回の旅は、ここが出発点だ。
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 自転車を組み立て、いよいよ出発。国道237号を走り始める。旧・門別町は飛び地で日高町に合併してしまったため、しばらくは日高町をはしるが、まもなく平取町に入った。今日は、平取町を縦断予定だ。
 海に近い平地は田圃が青々と茂り、東北の雰囲気で、北海道らしくない。けれども、北上するに従い、だんだんと北海道らしい「牧場」「荒れ地」といった風景が広がり、「ああ、今年も北海道に来たんだな」と、しみじみと思った。



 平取町を北上すると、二風谷のダム、そして、集落にぶつかる。二風谷は、アイヌ文化が残っている地だ。アイヌ資料館を外から眺めてから、近くの造園場兼食堂「村の駅」で、豚丼と鴨南蛮を昼食にした。食堂らしくない建物だったが、意外とおいしかった。



 沙流川にそって北上する。ときどき橋で横断するので、川は右に左に姿を変える。先日の大雨で、川は茶色く濁り、ゴウゴウと流れていた。



 振内地区には鉄道公園があった。かつて富川ー日高町を結んでいた富内線の遺構だ。もう四半世紀前のことで、盲腸線だっため、私も乗ったことがない。なので、それまでは富内線の存在はほとんど感じられなかったが、ここには車両を利用したライダーハウスが設置されており、ホームと駅名標が並べられていた。D51もおかれていた。ただし、いずれもかなりぼろぼろだったが。



 この時点で、私はかなりヘロヘロだった。湿気が高く日がさすとかなり暑くて、そこに寝不足がかさなって、あと27キロ走れるか不安になった。 けれども、バスターミナル兼地場農作物を売っているきれいな建物で一休みしているうちに、元気になってきた。
 振内を過ぎると、周囲は高山の雰囲気になってきた。集落はほとんどなくなり、農作物も見えなくなり、牧場がたまにあるぐらいだ。 それとともに気温も下がりさわやかな感じになる。体た冷えてきたせいかすっかり元気になった。最近、暑さに弱くなった。
 国道237(日高国道)は、車の往来も多く、歩道はなく、路肩もそれほど広くないので少し危ない。でも、高山の雰囲気やダムがあったりと、景色はなかなかよい。



 日高町に入ると、民家が目に付くようになる。町の気配が感じられるようになった。
 町はずれに日高町駅跡があった。石碑が一つ、草に埋もれていただけで、駅前の雰囲気はほとんどとどめていなかった。



 富内線は何を目指して敷かれた鉄道だったのだろうか。盲腸線ではなく、占冠あたりまで延びていれば、もう少し利用価値があったかもしれない。
 駅跡の表は国道237号と国道274号との交差点で、交差地点近くにはセイコーマートがあった。このセイコーマート、かつては道内一の売り上げがあったそうだが、高速無料化で274号を通る車が激減、売り上げ半減だそうだ。さらに、すぐ近くにある道の駅「樹海ロード日高」も同様に売り上げ激減とか。クルマを持たない我々にはどうでもいい話題ではあるが、「光あるところに影あり」だ。
 道の駅では、恒例のスタンプ帳とカントリーサインマグネットを購入した。今年はあまり道の駅を回れない予定だが、恒例行事はやめられない。



 さて、今日の宿・日高高原沙流川温泉は道の駅から1キロほどの場所だ。宿にはまだまだ空きがあったが、となりのキャンプ場は大盛況。キャンプ客で温泉はとても混んでいた。
 冬場のスキーシーズンがオンシーズンのようで、全般的に、スキー客を前提とした造りだ。林間学校のような雰囲気での夕食・朝食だった。(おいしかったです)