8/14(木) 枝幸-雄武-日の出岬-紋別 曇一時雨 103km 地図
(文:千穂 補足:呼人)
昨日まではなんとか天気がもっていたが、今日は雨の降る確率が50%を越えている。朝からどんよりと曇り、いまにも雨が降りそうな様子である。本日の旅程は紋別までの約100キロだ。
今日は途中で、しまださん・ロボさんと合流する予定だ。グループで北海道を走るのは、初めての体験である。
ゆっくり起きて、ゆっくり朝風呂に入り(今回の旅、温泉のある宿が多いので、ほとんど毎日朝風呂に入っている)、ゆっくり朝ごはんを食べて、8時過ぎに出発した。いつもより30分ほど遅いのは、宿から9キロのところにある道の駅が9時からの開館のため、あまり早く行くと、開いていない恐れがあるからだ。
走り始めてみると少し涼しく感じたため、初めて長袖を着る。国道238号オホーツクラインを南下するが、まだ朝早いためか行き交う車はとても少ない。
ゆっくりめに走って幌別橋を渡ると間もなく道の駅「マリーンアイランド岡島」に8:40到着。ここもお盆の季節だからかだったがすでに開いていて、無事にスタンプもカントリーサインマグネットもゲットした。道の駅の横にはカニの店があり、ライダーたちがゆでたてのカニを食べていた。
岡島の街を迂回して国道に戻ると、重く雲のたれこめた空からは時々ポツポツと弱い雨が落ちてきはじめた。簡単な雨装備をする。昨日の天の川トンネル出口からの徳志別川を渡り、少し先の乙忠部市街のセイコーマートでちょっと休憩。ベンチには外人さんのサイクリストがすでに雨宿りしており、軽く会釈する。
これまた昨日の西尾峠からのフウレップ川を渡り、風烈布の街まで進むと本格的な雨となった。集会所の水飲み場の屋根を利用して、今回のツーリングで初めて本格的な雨装備で上下雨具とシューズカバーまで付けた。5分くらいして、やや雨が弱まったところで走り始めた。
音調岬に寄ろうかと思っていたが雨が降り続いているのでパスして先へ進む。雨は30分程度でほぼ上がり、枝幸町と雄武町の境あたりの道端で雨装備を解除していたところ、先ほどの外人さんサイクリストが追いついてきた。この人、まっ白いひげが長く伸びていて、まるで仙人のような風貌だったが、日本語は堪能。名古屋に住んでいるアメリカ人とのこと、苫小牧からぐるっと海沿いを回り、宗谷岬を越えて、知床まで行くという。キャンプ地を渡り歩いているようで、虫眼鏡でながめていたツーリングマップルには、あちこちのキャンプ地の値段が書き込んである。本日は興部泊とのこと。わたしたちは「旅館泊まりで紋別までいく」と伝えた。
この後、景色は単調。牧場か原野で、海はどんより鉛色。これで晴れていれば海が青く輝き、がぜん気分も上向くのだが。原野の中に興浜線となるはずだった橋がぽつんと残っていた。
幌内橋、音稲府橋と過ぎ、豊丘小学校から国道を左折し、海側へ下ると魚田の港へ。ここからは海沿いの道で元稲府を行き雄武の街に着いた。
時々ロボさんから茅沼氏の携帯にメールが入り、場所を知らせてくる。予定では私たちの方がかなり早めに着くはずだったのだが、こちらはいかんせんトロトロとしか走れず、あちらは高速で走るものだから、「えっ、もう、そんなところを走ってるの?」とびっくり。
12時過ぎに道の駅「おうむ」に到着すると、すでに「あと8キロ」とのことなので、ここで待ち合わせることにした。
道の駅は、雄武駅跡に建てられたのだが、駅跡の碑もなく(どこかにあると聞いていたのだが、見つけられなかった)、鉄道が通っていたことは全く感じられなかった。スタンプとマグネットをゲットの後、道の駅の展望台で、興部方面を眺めていると、二つの点がすごい勢いでこちらに近づいてくるのが見えた。「えっ、あれがしまださんとロボさん?」と見つめていると、本当にお二人だった。車道を猛スピードで走ってくる。その雄姿を写真におさめた。
12時半に無事に合流。お二人はお昼用(非常食?)におにぎりを買っていてが、せっかくなので、海近くの食堂でお昼とする。みなさんは「雄武ラーメン」という塩味の海鮮ラーメン、私は「韃靼そばコロッケ定食」とする。なぜコロッケにしたかというと、道の駅で「雄武名物韃靼そばコロッケ」というノボリがたっていたからだ。味は普通のポテトコロッケとあまり変わらなかったが、韃靼そばが入っているため、タネは黒かった。おいしかった。
四人で走り始めてまもなく、しまださんがパンク! 私たちは遅いので、パンク修理をしているうちに先へ進むことにする。7~8km先の日の出岬で待ち合わせとした。日の出岬への道に入って少し上り、海を眺めながら入れる露天風呂(日帰り可)のあるホテル日の出岬(ここには一度泊まってみたいと思った。)の横を抜けると日の出岬に到着。ここはキャンプ場になっていて、ロボさんはかつてここでキャンプをしたことがあるとのこと。
10分ほどしまださんちをお待ちしたが、まだ姿が見えないので、ちょっと先行することに。というのは、この近くに、興浜南線の沢木駅跡があったからだ。しまださんもロボさんも、鉄道(それも廃線跡)にはそれほど興味がないようだが(普通の人はそれがあたり前なんですが)、私たちの今回の旅のコンセプトとしては、どうしてもはずせないポイントだった。今は児童公園と化し、駅名標もぼろぼろの沢木駅跡を撮影し、次の合流地点、道の駅「おこっぺ」を目指す。
この先のオニシ沼で、鉄道跡は海沿いを進むが、国道は海から離れて丘を越える。牧場の中を馬や牛を眺めながら進むと興部町に入る。
興部川を渡り、国道239号線に少し入ると「道の駅おこっぺ」である。市街から少しはずれた奥地にあるのは、駅跡の場所だから。そのため、道の駅のそばにはかつての「駅前旅館」と思しき建物が見られた。
私たちが道の駅に到着して間もなく、しまださん・ロボさんも到着。うーん、やっぱり速い。「明日は私、みんなの足をひっぱっちゃわないかな」と心配になる。
道の駅「おこっぺ」には、鉄道記念館と、旧客車を利用した簡易宿泊施設がある。鉄道記念館にはかつての道内鉄道路線(今は大半が廃止)等が展示されていた。
簡易宿泊所には、あの、仙人アメリカ人がねっ転がって、ウクレレ!を弾いていた。なんと、ウクレレを自転車に積んでいたのか! いったいどこに?! でも、なんかとてもいい雰囲気だった。「興部でのキャンプ」とは、ここのことだったのだ。
道の駅の裏手から、線路跡の道(サイクリングロード併設)でR238に戻り、先へ進む。 このあとは、途中で沙留の街を経由して紋別まで、大規模な酪農地帯を淡々と走った。興部からは、名寄本線跡(「本線」なのに廃止されてしまったのだ)と並行したので、あちこちに遺構が見られた。路床や鉄橋等、名寄本線もかなり残っている。名寄本線には何度も乗ったので、こんな姿になってしまうのを見るのは、かなり悲しかった。
オムシャリ沼で鉄橋跡を見て、オムサロ原生花園に立ち寄る。季節が過ぎていて、ハマナスがちらほら咲いているだけ。冬には流氷が来るという海は、鉛色の空に溶け込んで、境目もよくわからなかった。
紋別市に入ると今日の目的地も近い。渚滑川を渡り、渚滑駅跡から5kmで宿に到着した。
さて、今日の宿は「紋別セントラルホテル」。今回のツーリングで、一番高いホテルである。紋別には、ずっと以前にはユースもあったのだが、今はあまり手頃な宿がなく、思い切ってシティホテル風の宿にしたのだ。先に私どもがネットで予約していたので、しまださんたちにも無理に泊まらせてしまったようで申し訳なかった。
でも、値段以上に立派な造りで、人工温泉もあるし、食事も夕食(ほたて尽くし)・朝食(多種のバイキング。今まで見た中では最高級の内容)とものすごく豪華で、コストパフォーマンスとしては、相当高いと思った。和室8畳に2人泊だと1泊2食8000円(ネット予約だと7800円)。ちなみにしまださんたちはツインで1人8900円だったそうである。和室よりツインの方がだいぶ広いようである。
夕食後は私どもの和室で、明日の予定をあれこれ検討。ロボさんも茅沼氏もパソコンを駆使して、「似たような二人だなー」と思ってしまう私だった。